KaILI : LIKE KIT BAG
こんにちは、TFの熊崎です。
本日のblogは、とあるバッグについて。です。
が、その前に脱線します。宣言。
(本題だけ見たいという方は一気にスクロールして、写真が入るところまで飛ばしていただけたら)
さて、突然ですが、皆様は「道具的存在」をご存知でしょうか。
世界的名著である『存在と時間』を著した哲学者マルティン・ハイデッガーの教えとして知られている思想?です。
端的に表すと、「人間以外は全て道具である」という論なのですが、そこから導き出された秀逸な考察として、以下のようなことを述べています。
『道具は、それ単独で存在することはできない』
それすなはち、道具は外部の目的や他の道具たちとの関わりがあってこそ初めて道具として存在できるということ。
一体何の話なのだろう。という感じかと思いますが、、、
例えば、バッグ(鞄)という道具一つとっても、書類など(他の道具)を持ち運ぶ(外部の目的)ための”道具”であると考えることができるわけです。
確かに、辞書でとある事柄について調べた場合もこのようなことがほぼ確実に言える気がします。
とまぁ、どんどんと論を煙に巻く方向へ向かっているような気もしますので、この辺りにしておきたいところですが、
ハイデッガーの論に乗っかるのであれば、我々(TF)が販売している商品も全て道具であるわけです。
確かに、季節によって欲しくなるアイテムが異なるのは、気候に適した”道具”としての洋服を求めるからですよね。
(モノによっては、デリバリーの時期が気候と大きくズレているだろうという点は今回は見なかったことにしますが…)
着心地や使い勝手。
このような側面を重要視してモノを選ぶというのもまた、それが道具であるから。
なわけですが、とりわけバッグ(鞄)というのは、そのウェイトが特に大きいのでは?と感じるアイテム。
“道具”の中でもより”道具的”であるとでも申しましょうか。
(表現として合っているのかは知りません。はい。)
バッグとは、ありとあらゆるモノを持ち歩くための「ギア」。
だからこそ、便利になればなるほど、ギアとしての性能が高まれば高まるほど、見た目もそれらしく、ギアっぽくなる。
これは、ある程度避けられないトレードオフ的なことというか、当然といえば当然。
ただ、KaILIのアイテムはその常識を覆してくるものが多いと思っています。
やっとこさ、本題。
本日ご紹介するこちらもまた、「ギアっぽさがそれほどない”道具”」。
KaILI
“LIKE KIT BAG”
col : BLACK
size : F
¥44,000-
明確な元ネタ。的なアイテムはないモデルですが、どことなくミリタリー味を感じるボストンのような形。
本体素材には、ポリエステルとナイロンに特殊加工を施し、撥水性を持たせた高密度編物を使用しており、考え方は先日リリースされていたε collectionと近しいかなと。
レザーのような表情を持ちつつも、抜群の軽さを誇り、独特のヌメり感のある質感も魅力的。
初めから、それほど硬さはない素材ですが、使い込むほどにクタッとして、光沢やアタリが出るのも含めて楽しんでいただきたい素材です。
外観は非常にシンプル。
それほどギア感は感じられないかと思います。
そのシンプルなビジュアルに一役買っているのは、BOWというモデルからの流れを組んで設計されたハンドルと土台の一体化仕様。
手持ちと肩掛け、それぞれの用途を満たすハンドルが一箇所に美しくおさまっています。
この仕様について詳しく見たい方は、KaILI HP の 「おさまり」をご一読ください。
手持ちのハンドルにはカウレザーが配された贅沢仕様ですが。
注目していただきたいのはどちらかといえばもう一方。
ショルダーでも使える長さのあるハンドルは、持ち手になる部分(肩にかけた時に当たる部分)のテープを折り返して縫っており、幅・強度ともに、使い勝手を考えた素晴らしい仕様。
非常に細やかな気遣いがもたらす仕様ですし、そもそもめちゃくちゃ縫いづらいと聞いたこともありますので、山内さんをはじめ、職人の方々の技あってこそ。
また、両側にはサイドポケットがさりげなく?主張せず?ついており、内側にも仕切り多数。
マチも24cmと非常に懐の深く、あれこれポンポンと放り込んで、お使いいただけること間違いなし。
しっかりと機能的でありながらギアっぽさがない。
その佇まいは、KaILI流の美意識なのかもしれません。
ぜひ、実際に手に取って、一緒に感動していただけたらと思います。
また、冒頭長々と触れた、「道具的存在」については、
『あした死ぬ幸福の王子――ストーリーで学ぶ「ハイデガー哲学」』
という書籍が大変面白いので、もし気になった方がいればこちらもぜひ。
皆様のご来店を心よりお待ちしております。